そういえば春もこんなややこしい天気が多くなかったか?
GWの直前辺り、もの凄い寒いのが戻って来てさ。
スプリングコートどころじゃない、
しっかり冬物のダウンのコートが、
いつまで経っても仕舞えない…なんて、
冗談抜きに言ってたほどだったのが。
いざ連休に入ると、連日暑いくらいのいい天気が続いてサ。
水辺で遊ぶ人も多かったくらいだったのが、
五月に入ったってのに、
またぞろ上着なしでは居られない気温になっちゃって。
知り合いのおミズの兄ちゃんなんて、
このままじゃ夏の土用を迎える辺りにでもならないと、
コタツを仕舞えないかもしれない…なんて、
結構本気で困ってたほどで。
『? 別に困りはしなかろう?』
本当に要らねぇ頃合いになったら、
布団だけ除けてテーブルにすりゃいいじゃないか。
それともその兄ちゃん、実家住まいなんか?と。
さして変わらぬ年代の男衆としちゃあ、
その程度の出しっぱなしくらい、悩みの種にもならんと思ってだろう、
強気なご意見が飛んだけれど、
『困るらしいんだよ、それが。』
『???』
『なんで。』
『週末におっ母様でもチェックに来るのか?』
きちんと暮らせないようなら独立なんて許しませんって、
執事か何かにかつぎ上げられて呼び戻されちまうようなクチの、
実はお坊っちゃんだったりすんのかよと。
どこのマンガ原作なドラマですか?というような
破天荒なシチュエーションを持ち出した、
顔なじみのアメフト部員のお兄さんへ、
『そこまで突飛じゃねぇけどな。』
あははと笑い返した妖一くんが続けたのが、
『ただ、同棲中の“彼氏”が だらしない子は嫌いなんだと。』
『カレ氏…?』
そ。結構神経質な男でサ、
バイト先のクラブでも、バーテンの仕事以上に念入れて、
カウンターをぴっかぴかに磨いてるんで有名な奴でよ…と。
『そりゃあまあ、
自宅でまではそこまでの潔癖症じゃあないらしいんだけど。
でもでも、出しっ放しや使いっ放しは、
いつだってケンカのタネになっちまうんで、
早いとこ仕舞いたいんだがって、憂鬱そうにしててよ。』
『ほほぉ。』
行きつけのグラウンドでそういう会話をしたの、
思い出しつつ見上げた空は、
どんよりした雲が垂れ込め始めてる曇り空。
昨日、そんな話を持ち出したのは、
もう真夏ですかというほどの猛暑になったからだったのにね。
陽射しも強かったし湿気も高くて、
むんと力強い張り詰めようをした熱気が むはぁっと、
半袖の先から出してた腕とか半ズボンになってた脚とかに、
直にまとわりついての引っついて。
うあ、暑っちいなぁ…ってうんざりしたばっかだってのによ。
「………ヒル魔くん。」
こそっとしたお声がすぐの前から聞こえ、んん?と顔を戻せば、
今は丁度、すぐの前後になってる席同士のセナくんが、
こっそりと振り向いて来ており、
「きょーのたいく、プールは無理かなぁ?」
「ん〜〜、無理っぽいな。」
気温も低そうだし、
それより何より 陽が出てねぇから水温が上がってるとも思えねぇ。
「上がってから風邪を拾いかねねぇから、
体育のゴリラも“今日は やめやめ”って言い出すんじゃね?」
「あ〜、○○せんせえのこと、ゴリラゆったらいけないのに。」
「そうよねぇ、
先生がたの間でも親しみを込めての“ゴリさん”止まりですものね。」
突然割り込んで来た姉崎せんせぇのお声へ、
あわわっと姿勢を正して前を向いたのがセナくんならば、
「せんせえ同士でも仇名で呼ぶんだ。」
姉崎せんせえが そうゆってたって、
ゴリラ…じゃない、ゴリさんせんせえにゆってもいぃい?と。
小首をかっくりこと傾けてにぃっこり微笑う、
何とも抜け抜けとした豪胆さを披露するのも相変わらずな、
金髪金眸の天使のような容姿も愛くるしい、
物のたとえじゃあなくの、
商業モデルもこなしておいでの小悪魔坊やであり。
そうしてそして、
「う……。」
決して好き嫌いを言うのじゃあないが、
微妙に熱血タイプの某せんせえは、
『姉崎せんせえが話題にしていたよ』なんて聞いたなら、
「何だ関心がお在りなら、直接訊いてくださればよろしいのに…って。
先週は アユミせんせえにも言い寄ってたもんねぇ。」
「…………そういう言い方はおよしなさい。」
ビシィッと叱れないのは、微妙に事実な部分が多いからで。
くどいようだが…人の好き嫌いを言うのじゃあないけれど、
それでもあのその、随分と暑苦しい人から、
さして用事もないのに、擦り寄られたり まとわりつかれたりするのは、
妙齢の女性としては……………ねぇ?(う〜んと)
「と、とにかく。せんせえ…先生だからというだけじゃあなくて。
大人や目上の人へは、丁寧にお話ししましょうね?」
生意気言っちゃあいけないとか、尊敬語を使いましょうとかいう言い方では、
何で? どうゆう意味ですかぁ?と訊く子も出ての、
話が長くなりそうだったのでと、
授業へ戻るべく切り上げちゃったのも…もしかして。
“蛭魔くんには織り込み済みだったりして?”
「〜〜〜〜〜〜。」
◇◇◇
「ったりまえじゃん。」
姉崎せんせえとは付き合い長いから、こっちがどういう搦め手を構えてるかくらい読めてるだろしな。そこんとこを匂わせりゃ、何回かのやりとりを挟んだところで行き着くところは一緒だって判って来ようから。無駄なことだわねぇと、とっとと気づいてくれるってもんで。
「……あのな。」
アユミせんせえだって、学校じゃあ”まだまだ新米ですvv”って清楚ぶってのネコかぶってっけどさ。ホントは“執事喫茶”に通い詰めの、フレディっていう一番年少さんの美青年に入れあげてて。あたしが見限ったらこの町じゃあ同じ商売続けていけないわよんなんて、とんでもねぇこと言って、脅したこともあるんだってよ…と。立て板に水というなめらかさで滔々と語った小悪魔様の背後に立ち、小さな頭にかぶせたタオルでわしわしと、まだまだ湿ってた髪、手づから拭ってやってる葉柱としては、
「何でそこまで知ってやがんだ。」
「ん〜? 俺も仲裁に一枚咬んでたから。」
こちらさんだって姉崎せんせに負けないほどの蓄積がある身。訊く前から何となく判ってたことへのダメを押され、やっぱりなぁと しょっぱそうなお顔になって仕舞ってる。
あのな。
なんだ?
大人をあんまりおちょくると、いつか痛い目に遭うぞ?
そっかなぁ。
こんな寒い日に水泳だったのも、もしかしたら…
アユミせんせえが嗾(けしかけ)ての、ゴリラの報復かって?
………違うのか?
「違うな。第一、寒い想いもしなかったしよ。」
「???」
この、賊徒学園大学部のキャンパスまでやって来て早々に、午後の授業が体育で、しかもこの曇天の中での水泳だったと言い出したものだから。風邪引いたらどうすんだと、大慌てでまだ湿ってた髪を拭ってやっていたのだが、
「温泉の宅配って知ってっか。」
「はい?」
自分の頭をくるみ込んでた、葉柱の大きな手が止まってしまったのを、ほれ どしたと急っつくのも兼ねてか、スポーツタオルの陰から見上げて来つつ、にんまり微笑ったそのお顔の。何とも意地悪そうで、そのくせ…何とも言えぬコケティッシュな甘さに満ちていたことか。細められたことで、だが瞳の金茶色が濃さを増し、甘い潤みが増して見えてる目許といい。淡い緋色の口許が、きゅうと引き締まって…あのその、けしからんほど色っぽくなって見えるとことといい、
“………こんのヤロが。”
もしかして気づいていてのワザとだな、とか。俺まで煙に撒く気かこのヤロが、とか。葉柱だとて、言いたいことが無いではなかったものの。まだまだ寸の短い小さな指が、自分の手の上へ重なって、
「なあなあ、もう終しまいか?」
その手のふんわり柔らかい感触の、心細いほどの頼りなさとか。こっちをじいと見上げて来た、金と茶色との絶妙な色合いが重なり合った、琥珀みたいな瞳の可憐さとか。何が可笑しいかほころんでいた口許が、微妙に真摯な陰を含み始めた心細さとかが。
―― ああ、そうだった
そっちも判るようになってるんだ、俺。どこまで作り物で、どこからが本気や本音か。もしかしたら本人も気づいちゃいない、無意識な代物ほど判るようになってるから。だから、
“何を大人げなく怯むことがあるのやら、だな。”
くすんと、区切りをつけるよに、小さく微笑ってのそれから。まだ少しほど、うなじ辺りが濃い色に濡れてる髪を、タオルでくるみ直してやれば。一時停止が解かれてのホッとしたように坊やのほうも笑い返して来、
「東京って、案外と何処を掘っても温泉が出るらしくてな。」
掘ったはいいが、風呂屋の施設を作るにゃ資金も要るだろ? 調達の段取りが遅れちまったっておっさんが知り合いにいてさ、それまでただ溢れさせとくだけってのも勿体ないじゃん。なんで、とりあえず…使うのへ問題の無い湯かどうかの泉質調査を先にさせてよ、
「それから でっかいタンク車をレンタルさせて、
そこへ温泉詰めて配達するって商売を始めさせた。」
高見せんせえンとこで開発された、魔法瓶の30倍は保温効果のある新素材で内張りしたタンクだから、源泉のまんまの温度をほぼ保てるんで、暖め直す分の燃料費は要らねえ。それで浮いた分で格安な料金を設定して、ついでの俺が宣伝しまくってやったら、ネット販売じゃあこの地域でのナンバーワンだ、と。キャラキャラ明るく笑ってから、
「来月にはやっと、温泉銭湯を開業できんだと。」
一体いつになることやらって、絶望してたらしいのが半年かかってないなんてって、しかも体育学部のある大学の近所で、ジョギングコース沿いと来て、贔屓筋も見越せる一等地だってのへ感激してさ。来月からは銭湯の方でも忙しくなるが、それまででいいならいつでも呼びなって。どんだけだろうと温泉運んでやっからって言ってたからさ、
「……温水プールにさせたんか。」
「そーだっvv」
いい湯加減な温泉として入るワケじゃねぇなら、何も全部をお湯で埋めなくたっていいんだし。ウチのガッコのプールはあんまり大きくねぇしよ、と。足元ばたつかせて、面白かったと笑い立てる無邪気さよ。湯冷めこそしなかったものの、水遊びした疲労を負って来たからか、目許がふわんと蕩け気味に浮いて来ており、
“あ〜あ、だな。”
こりゃあ、程なく“うたた寝モード”に入るに違いないと。この子には珍しくも、年相応の幼い一面を見てのこと。さらさらになって来た柔らかな髪、愛しげに撫で続ける葉柱で。こまっしゃくれているけれど、生意気 極まりないけれど。ただのお調子者じゃあないし、心ない悪戯っ子というのでもない。もしかしたら本人も時々、自分の裡(うち)なる矛盾とやらに“きいぃ”と歯咬みしてもいようし、これからますます そういう機会も増えるのだろが、
“……俺がいるから大丈夫だよ。”
とうとう本格的に眠くなったのか、うにゃいと凭れて来た小さな重みへ。言葉にすると、何ともカッコの悪い一言だから、胸のうちでだけ囁いた葉柱だったのへ。窓を叩いた小雨の先駆け、さあっという涼しげなノックの音が、冷やかすように届いたそうな。
〜Fine〜 10.06.18.
素材をお借りしました
*この時期に塩素系の漂白剤を使うと、
カルキ臭かった学校のプールを思い出します。
高校1年の時 膝を傷めてからは、体育はほぼ見学ばっかで、
水泳も勿論ご法度だったんで、
浸かる以上の“泳ぎ”はホントご無沙汰です。
うあ、もう何十年泳いでないのかなぁ…。
めーるふぉーむvv

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